簿外債務とは何?注意したいポイントを紹介します。
簿外債務が判明した時には早めに対応しよう
簿外債務は、帳簿や決算書類に記載されていない債務を指す言葉です。
M&Aで簿外債務が発覚することは決してレアなケースではありません。
しかし、M&A実施後に巨額の簿外債務が発覚すれば、M&Aの成功も危うくなることもあります。
簿外債務を見逃すことがないように、売り手と買い手の双方が綿密に確認しておきましょう。
また、契約書の段階でリスクヘッジしておくことも重要です。
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この記事の目次
知っておきたい簿外債務の基礎知識
経理や会計の用語には、日常で耳にしないような言葉も多数登場します。
簿外債務と聞いて、「なぜ帳簿に記載されないのか?」と疑問に持つ人もいるかもしれません。
簿外債務がどのような債務なのか、その意味や種類をはじめに解説します。
簿外債務は貸借対照表に載らない債務
簿外債務は、貸借対照表上に記載されない債務を指す言葉です。
当然ですが、負債は本来すべて帳簿や貸借対照表に記載されなければいけません。
何らかの理由があって記載されていない債務のことを簿外債務と呼びます。
簿外債務が問題となりやすいのは、M&Aが行われるケースです。
負債が貸借対照表に記載されていれば、それも勘案して買収価格を決定できます。
しかし、簿外債務は貸借対照表に記載されていないため、買い手が把握できません。
簿外債務と聞くと、まるで不正をしている隠しているようなイメージで捉えられるかもしれませんが、簿外債務の発生は決して珍しくありません。
まず、簿外債務にはどのような種類があるのか、以下に説明します。
簿外債務の種類
簡単に簿外債務といっても、その種類は複数あります。
簿外債務の種類をまとめました。
自社に該当するものがないかどうか確認しましょう。
賞与引当金
引当金とは、将来発生する可能性が高い費用や損失を指す言葉です。
引当金のうち、当期に属すると考えられる金額を引当金として繰り入れます。
賞与引当金は、引当金のひとつで会社が従業員に支払う賞与を前期に準備し、計算しておくために使う勘定科目です。
つまり、従業員に賞与を支給する場合には、賞与の支払いに備えるために賞与引当金を計上します。
企業は、いつだれに賞与を支給するかはわかっているので、期間に応じて適正に計上されなければいけません。
しかし、実務処理がおろそかになっていて簿外債務となっている場合があります。
退職給付引当金
退職金制度がある会社では、退職給付引当金も発生します。
賞与引当金と同様に、適正に期間で計算して退職給付引当金を計上しなければいけません。
年金資産として外部に積み立てがある場合には、差し引いた額が退職給付引当金です。
しかし、退職給付引当金は計算が複雑でミスを起こしやすく、賞与引当金と同様に損金には認められないため、簿外債務になっている場合があります。
未払残業代
簿外債務の中でも、調査によって判明することが多いのが未払いのままになっている残業代です。
当然のことではありますが、法律上は会社は従業員が残業した分の残業代を支払わなければいけません。
しかし、恒常的に残業が発生している従業員がサービス残業をしているケースも多くあります。
また、会社側が賞与を多くするなどでサービス残業の賃金を支払っているつもりになっているケースもあります。
残業代は、残業代として支払っていなければ未払いです。
経営サイドが一方的に支払ったつもりであっても、従業員が請求すれば残業代を支払わなければいけません。
残業代に対してルーズになっている会社では、労働時間自体が正確に把握されていないこともあります。
未払いの残業代も請求があれば支払わなければならないのに、帳簿には記載されていないため簿外債務となります。
買掛金
買掛金は、取引先からの仕入れ代金のうち、まだ支払いが終わっていないものをいいます。
買掛金は、発生した時点で帳簿に記載しなければいけませんが、計上漏れとなって簿外債務となる場合もあります。
買掛金の管理は、会社の損益計算の要です。
同様に、電気やガスなど公共料金も未払金の計上漏れに注意してください。
債務保証
企業がほかの企業、もしくは、個人の保証人になっている場合にも注意が必要です。
もしも、その債務者が債務不履行に陥ってしまえば保証人として債務を負う場合があります。
保証人になっている、担保を提供している場合には、引当金を計上して将来発生する可能性がある損失に備えなければいけません。
しかし、計上がおろそかになっていたり、経営者が無断で保証人となっていたりするケースのように、簿外債務となる場合があります。
リース債務
企業がリース取引をしている場合には、リース債務が発生していることがあります。
ファイナンスリース取引とは、リース会社が借り手となる企業に対して、リース期間中リース物件の使用収益権を与える取引きです。
借り手である企業は、リース料をリース会社に支払います。
ファイナンスリース取引をした時には、リースを受けた企業はリースしたものをリース資産、それにかかる債務をリース債務として計上します。
リース債務が簿外債務になってしまうのは、賃貸借取引として処理している時です。
リース取引には、数年単位の長期にわたるものも多く、ずっと簿外債務になっている場合もあります。
未払いの社会保険
社会保険金の未払いも、企業や事業所によって発生してしまうことがあります。
特に、契約社員やパート社員などの雇用形態で採用した時に社会保険の未払が発生することが多く、簿外債務になりやすい項目です。
未払いが発覚した場合には、買収金額から未払いの社会保険金分を減額するケースもあります。
訴訟リスク
企業が事業を進める上で、ほかの企業や消費者から訴えられる恐れはまったくないわけではありません。
M&Aをする交渉中や検討中に係争事件があるとわかれば対応できるものの、タイミングによってはM&Aを実施した後に損害賠償されたり、許認可の停止措置になったりする場合もあります。
損害賠償額があまりに大きくなったり、企業の許認可が失われてしまったりすれば、M&Aも失敗になってしまうかもしれません。
また、訴訟リスクについては、確定していないリスクなのですぐには有無を判断できないでしょう。
各種引当金であれば、デューデリジェンス(取引きをする前の実態調査)で把握しやすいものの、訴訟リスクは経営者と従業員から詳細に話を聞く必要があります。
訴訟のリスクはM&Aの成否にかかる部分なので、念入りにヒアリングしてください。
簿外債務が生まれる理由
簿外債務には、様々な種類があります。
しかし、適正に会計処理をしていれば発生しないはずと考える人もいるかもしれません。
簿外債務がどうして生まれるのか紹介します。
交渉を有利にするため
M&Aについて交渉する時、買い手側は少しでも安く買いたいと考える一方で売り手はより高く売りたいと考えます。
高く売るためには、企業価値が高いことを示す必要があります。
価値を高く評価されるためには、負債は少なく自己資本が潤沢、健全な財務環境が重要です。
もちろん、自己資本を高く見せようとして、虚偽の記載をしたり過去の決算書類を書き換えたりすることはできません。
しかし、もともと貸借対照表に記載されていない簿外債務であれば隠すことは可能です。
M&Aでは、最終的な契約の前にデューデリジェンスを実施します。
そこで簿外債務が見つからなければ、実態よりも高い企業価値であると見積れるため、簿外債務を隠しているケースがあります。
偶発債務が生まれるため
簿外債務が生まれる理由のひとつが偶発債務です。
偶発債務は、現実には発生していないものの、将来的に一定の条件で発生する債務をいいます。
例えば、債務の保証人になった場合や損害賠償を請求されるような事案がある場合が該当します。
会計上は、偶発債務の中で発生確率が高く、合理的に金額を見積もれる偶発債務は引当金を計上して、債務として確定した場合に負債として計上しなければいけません。
しかし、偶発債務が発生の可能性がある段階の場合には、帳簿に記載せずに貸借対照表に注記して対応するため、簿外債務となることがあります。
税務会計上損金にならないため
企業は税務会計によって、課税される企業の所得額を算出します。
課税される所得額を算出する時に、利益を小さくしようと費用を高く計上しようとする企業も珍しくありません。
そこで、税務会計では実際に発生していない負債は損金ではないとして、利益を少なく見せないようにしています。
その結果、企業が計上していない引当金や債務が発生して、簿外債務となってしまうことがあります。
簿外債務がある企業を買収するリスク
M&Aの買い手にとって簿外債務がある企業を買収することは、大きなリスクです。
簿外債務がある企業を買収した場合、その簿外債務は売り手ではなく買い手が負担しなければいけません。
例えば、買収した金額が1億円だとして、買収してから5,000万円の簿外債務が発覚した場合を考えてみます。
買い手側は、買収金額を事業で回収しなければいけません。
本来であれば1億円を回収するところを、簿外債務の分として5,000万円が上乗せされてしまいます。
簿外債務が投資金額に対して多額になることは、投資回収の負担が大きくなり回収できなくなるリスクも高まることを意味しています。
買収してすぐに多額の簿外債務が発覚した場合は、破綻してしまうリスクもあると考慮しましょう。
売り手が簿外債務を開示する重要性
簿外債務が発生しないように、買い手側の会計や法務の専門家はデューデリジェンスの中で入念に確認します。
また、ヒアリングで簿外債務がないかどうか直接質問されるケースもあります。
売り手は簿外債務がある場合には、その存在を必ず開示すべきです。
もしも、最終契約の後に簿外債務があると判明すれば、損害賠償請求の対象となるかもしれません。
信頼関係を損なわないためにも、買い手候補やM&Aの仲介会社に簿外債務を開示しておくようにしてください。
簿外債務の対策
簿外債務が存在すると、公平な取引きに支障をきたし、将来的にトラブルを引き起こす恐れもあります。
M&A実施時に、簿外債務について買い手と売り手がしておくべき対策を紹介します。
M&Aの買い手が取る簿外債務対策
買い手側は、簿外債務があることによって大きく損害を被る場合もあります。
企業を買収する時には、専門家の力も借りて簿外債務の対策をしておきましょう。
買い手が取れる簿外債務の対策を紹介します。
念入りなデューデリジェンス
簿外債務を把握するためには、デューデリジェンス(取引きを行う前の実態調査)を徹底的に行います。
会計から税務・法務・人事などの側面から簿外債務の有無を確かめてください。
会計書類の作成には、専門的な知識も必要なため売り手側の経営者も簿外債務を把握していない場合もあります。
会計や税務、法務の専門家に依頼して調査と、責任者へのインタビューを実施します。
契約書には表明保証を記載する
リスクを回避するには、契約書に表明保証を記載します。
表明保証によって、開示された情報が正しく、うそのないものであると約束してもらいます。
虚偽が後から発覚した場合には、損害賠償請求や契約解除を請求できるようにしておきましょう。
後から簿外債務が発覚しても損害金を賠償してもらえるのであれば、リスクは抑えられます。
M&Aの売り手が取る簿外債務対策
簿外債務は買い手だけでなく、売り手も対策しなければいけません。
企業によっては、そもそも簿外債務自体を把握していないケースもあります。
どのような対策があるか紹介します。
簿外債務を把握する
簿外債務があることを、経営者が把握していないケースも数多くあります。
しかし、隠しているつもりがなくても後から簿外債務が発覚すれば、買い手からの信頼を損なう恐れがあります。
デューデリジェンスで発覚して、それからの交渉がスムーズに進まなくなったり、交渉自体が決裂したりするリスクも考えなければいけません。
簿外債務を把握するには、専門家に依頼して確認してもらうことも大切です。
簿外債務は開示しておくこと
もしも、簿外債務が見つかった場合には、買い手に情報を必ず開示します。
簿外債務がもし買い手側に見つからなければ、価格交渉で有利に進むこともあります。
M&Aでは、表明保証の条項を設定するのが一般的です。
簿外債務が後から発覚して損害賠償請求を求められることもあります。
買い手との信頼関係を損なわないためにも、早めに情報を伝えておきましょう。
簿外債務がわかった場合の対処法
M&Aを実施する前に簿外債務が判明した場合に、買い手が取りうる対策はいくつかあります。
具体的には、M&Aの中止や買収価格の引き下げや、最終契約書への条項の追記などの対策です。
また、事業譲渡であれば簿外債務を引き継ぐことなく買収もできます。
もしも、M&Aを実施した後に簿外債務が発覚した場合には、表明保証の内容を実行に移します。
表明保証では、必ずどのような条件で発動する内容か、どのような補償がなされるかをよく確認しておくようにしましょう。
まとめ
簿外債務と聞くと、わざと隠しているような印象になりがちです。
しかし、実際には売り手側が気がついていない簿外債務のケースも多数あります。
M&Aを実施する際は、買い手と売り手の双方が納得するように、お互いに簿外債務の有無を綿密に確認しておきましょう。
(編集:創業手帳編集部)